『風の谷のナウシカ』は1983年に公開のジブリアニメ。
原作は、宮崎駿監督が1982年にアニメ情報誌『アニメージュ』の紙面上で発表したSF・ファンタジー作品で、戦争により環境崩壊した世界を舞台にしています。
『風の谷のナウシカ』あらすじ
科学技術で作りだした兵器『巨神兵』。
それを使って人類は『火の七日間』、戦争を起こすのです。
大気汚染。ガスマスク無しでは生きられない
『火の七日間』から1000年。
腐海が生まれ、人類はガスマスク無しに生活を送れないほど大気は汚染されてしまいました。
腐海は『王蟲(オーム)』と呼ばれる巨大生物によって守られており、人々は森を荒らして王蟲を怒らせないよう静かに暮らしていました。
ナウシカが統制する『風の谷』
そんな世界のとある辺境に汚染の影響を受けていない『風の谷』というのどかな土地がありました。
族長ジルは闘病しているため、代わりに娘のナウシカが一族を統制していました。
ある晩、『トルメキア国』の輸送船が風の谷に墜落
ペジテ国のラステル姫が船に乗っており、巨人兵の卵も積み込まれてました。
トルメキア国は巨人兵の力で腐海を焼いてしまおうと目論んでペジテ国から卵を奪い、姫を人質として捕らえたのでした。
瀕死状態の姫はナウシカに「これを兄に渡してほしい」と石を渡し、息絶えました。
それは巨人兵をよみがえらせるために必要な『秘石』でした。
秘石をめぐって
ペテジ国を襲撃したトルメキア国の皇女クシャナは、秘石を取り戻すため風の谷を侵略し、ジルを殺してしまいます。
その後退散したクシャナたちでしたが、やがて戦争のために風の谷をはじめとした辺境に出征を求めます。
ナウシカは老従者と共にトルメキア船へ
しかし戦地へ向かう途中、ラステルの兄アスベルのガンシップに奇襲を受け腐海へ不時着。
同じく腐海へ投げ出され、王蟲に襲われたアスベルの救出に向かったナウシカは、彼と共に腐海の下層部に迷い込んでしまいました。
蟲と接触したせいでマスクが取れてしまったナウシカら。
でも腐海下層部の空気は正常でした。
実は、腐海は汚れた空気を取り込み浄化していたため王蟲が森を守っていたのでした。
次の日、ナウシカはアスベルと共にペジテ国へ。
ペジテ国は王蟲に風の谷を攻撃し巨神兵の卵を奪還しようとしていました。
王蟲を必死に止めようとするナウシカ
ナウシカはなんとかして王蟲を止めようと風の谷へ向かいました。
しかし、すでに王蟲の群れは猛スピードで風の谷を目指していました。
風の谷にいたクシャナは、巨神兵を目覚めさせて王蟲の群れを焼き払う計画を遂行しようとしましたが、まだ完全体ではなかった巨神兵は役に立ちません。
ナウシカは群れに降り王蟲たちを説き聞かせるが、跳ね返されて絶命。
ナウシカの叫びを聞いた王蟲は幾ばくも無く停まったのでした。
王蟲はナウシカを高く持ち上げます。
不思議な力で傷が癒えたナウシカは、奇跡的に蘇生しました。
金色の触手の上を歩くナウシカの姿は
『その者蒼き衣を纏いて金色の野に降りたつべし。失われし大地との絆を結び、ついに人々を清浄の地に導かん。』
という谷に伝わる伝説そのものでした。
こうして風の谷は勇気あるナウシカのおかげで救われました。
王蟲は森へと帰り、再び腐海を守り続けます。
繰り返される歴史
スタジオジブリ作品の中でも人気の本作ですが、1980年代に書かれたSFとしては斬新な設定だったと思います。
舞台は戦争で荒廃した世界
我々視聴者側は、いつか地球もナウシカの世界のようになってしまうのでは……と不安を煽られる内容です。
今でこそ人類を脅かすような世界大戦は起きていませんが、各地で紛争が絶えない昨今いつ全世界が巻き込まれるかもわかりません。
また、温暖化のよる気候変動も進んでおり、環境破壊も著しいのが現状です。
世界は破滅へ向かい、酸素マスクなしでは生活できない日がくるかもしれない……そう思わせることがこの作品の狙いなのではないでしょうか?
これまでの地球の戦争の歴史
領地を争ったり、独裁者が現れたり、ある人種の殺戮目的だったりと様々な要因がありますが、それらは一度では終わらず何度も繰り返されています。
『火の七日間』の発端は明かされてはいませんが、1000年後である作中でその悪夢が繰り返されようとしているシーンがあります。
それがラスト、風の谷に王蟲が襲撃する場面です。
クシャナは風の谷を王蟲の群れから守ろうと巨人兵を復活させようとします。
作戦は失敗に終わりましたが、もしここで巨人兵が復活していたら王蟲の群れどころか自然も谷も人々も焼き払っていたかもしれません。
これこそが本作のテーマであり、私たち日本人が守るべき『平和主義』の根底なのです。
人類のみならず、文明、自然をも脅かす戦争は二度と繰り返してはならない。
特に宮崎駿監督は、自然保護に熱く他作品でも強く訴えています。
そういったメッセージを、現代を生きる私たちは逃げずに考えていかなくてはならないのです。
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