伊坂幸太郎の同名小説が原作の「重力ピエロ」、なかなか良かったです。
「春が二階から落ちてきた。春というのは、弟の名前だ」
という詩的なようで実はそうではなく、本当に弟の春くんが二階から落ちてきているという斬新なフレーズに惹かれて事前に小説を読みました。
大まかなストーリーは知っていたのですが、映画を観た時は新たな作品に出会ったような純粋な感動がありました。
兄弟のキャスティングがお見事!
主人公の泉水(加瀬亮)
泉水は弟の春と違って社会になじむ力を持った人物で、奇抜な言動をする春に的確なツッコミを入れたり、振り回されるようなキャラクターなので、加瀬さんの少しぼーっとした雰囲気はとても泉水っぽい。
対して、重力ピエロの原動力と言ってもいい弟の春は非常に変わった人なのですが、容姿がとても優れていて兄の泉水視点で描かれている原作でも再三、見た目の良さについて描写が入るほどの美形。
春を演じるのが岡田将生
岡田将生さんは透明感があり、純粋な中に狂おしいほどに強い感情を飼っている春にぴったりで、まさに春そのもの。
重力ピエロの一番の魅力と言っても過言ではないこの兄弟のキャスティングがとにかく素晴らしい…。
原作者の伊坂幸太郎さんがインタビューで言っていた、伊坂さんの作品を好きな人しか出ていないというお言葉が改めて実感できるほど、二人とも深く理解して演じているんだなぁと感動しました。
強く温かい家族愛
「重力ピエロ」全編に漂うのが、この兄弟を含めた家族愛でしょう。
二人は異父兄弟。
実は、弟の春は二人の母が連続強姦事件の犯人に強姦された際に身ごもった子供。
ですが、そんなわだかまりなんてない両親、兄の愛情が本当に素敵なのです。
春の絵がコンクールで入賞するが・・・
展示場に来ていた子供が春に対し「親に手伝ってもらったんだ」と言いがかりをつけます。
[moveline color=”#afeeee” sec=”5″ thick=”40″ away=”2″]そこへその母親が[move]「春くんは絵が上手なのねぇ。お父さんに似たのかしら」[/move]と嫌味を言いに来て、春の父(血は繋がっていません)が「いやあ、僕は芸術とかは…」と苦笑い。[/moveline]
しかし、その母親が言っていたのはもちろん春の実の父のこと。
春が怒って殴りかかろうとしたところを母が止めたのですが、その後も親子の関係をバカにするような発言をやめないその女を、どさくさ紛れに今度は母がどついたのです。
このシーンもとても愛しいのですが、帰りの車内で「なんで僕だけ絵が上手いの?」と聞いた春に対してお父さんが言った「春はピカソの生まれ変わりだからだよ。春はピカソが亡くなった日に生まれたんだ」という言葉も胸に残りました。
ピエロの空中ブランコ
家族でサーカスを見に行った際にも、ピエロの空中ブランコを見て「落ちちゃうよ」と怖がる二人に「ピエロは楽しそうにしてるから、落ちないんだよ」と、タイトルにもなっている台詞で優しく諭し「みんなで楽しそうにしていたら、その内空に浮かんじゃうかもしれないね」と笑ったり。
こういう両親の台詞のひとつひとつがとても優しく、家族の絆を丁寧に描いているところが癒されますし、物語への思い入れをさらに深めてくれるのだと思います。
ミステリーパートの狂気
そんな優しく強いお母さんも事故で亡くなり、泉水が大学生、春が落書き消しの仕事をするようになってから始まるミステリーパートは打って変わって狂気を感じます。
連続放火事件の犯人は?
最初は、近場で起きている連続放火事件を兄弟で追っていくのだなぁ、と思わせるような演出。
しかし、それを追っていく間に「春が怪しい」と泉水が気づく。
そこからのお二人のお芝居が素晴らしいのです。
春の、何を考えているのかわからない静かな怖さを完璧に表現していて、展開を知っていても見ているだけでこっちまで緊張してしまいそうになります。
泉水が春の疑いを晴らそうと、春の髪の毛を採取しに部屋に忍びこむシーン。
途中で春が戻ってきて鉢合わせになった時、敵ではないのに春が怖くて仕方がありませんでした。
岡田将生の整ったお顔が余計にそう感じさせるのかも。
結局放火事件は春の仕業だったのですが、春の部屋に貼られた偉人のポスターの裏に隠された地図に非常にゾクゾクしました。
春の中で渦巻く、強い憎しみの気持ち
地図には沢山のピンが刺してあって、放火事件があった場所と、まだ事件のない場所にまで刺してあり、これから放火する予定なのだとわかります。
春の執念、犯人への強い憎しみが純粋に恐ろしくて、でも見入ってしまうという不思議な感覚でした。
春は事件の現場をすべて火で浄化しようと考えていたのですが、最後に犯人を手紙で呼び出し、犯人もろとも現場を燃やそうとしたのです。
そして実行当日
春が現場となった家の中で、犯人の男と戦っています。
既に中に火が回っていて入れなかった泉水が窓を石で割ります。
兄が来てくれたことを確認したことで、春が家族の思い出の詰まった「ジョーダンバット」を男に振り下ろした…というシーン。
最高に感動してしまいました!
殺人シーンにも関わらず、とても清々しくなりましたし、何よりここにすべてが詰まっているという充実感がありました。
兄に見てほしくて、興味を持たせる目的で兄が研究している遺伝子に関わる謎解きを用意してまで兄を巻き込んだ。
自立した強い人に見えて家族に対して強い依存があって、また家族の方も同様…。
その後、自宅へ戻る
犯人を殺して帰った時にも父は普段と変わらない様子で「二人で遊んできたのか」と優しく問いかける。
これは完全に、この一家に惚れる映画だと思います。
「自首するよ」という春に対して泉水が話した「このことについて誰より考えて来たのはお前だ」という言葉も、とても深い。
その時に仕事のためだけに調べた人たちより、一生かけて悩み続けた春の決断の方が正しいという、反社会的ともとれる斬新な結末に心打たれ、伊坂ワールドに浸っている心にはそれが正しいようにすら思えてくる説得力なのです…。
父の死後
その後お父さんも亡くなり、二人ではちみつを作るようになります。
庭で作業中に、春がお父さんの部屋の本を取ってくると言い二階へ。
そしてベランダから「あったよ」という声と共にその本が投げられ「危ないな」と言いながら兄が上を見上げるとほとんど同時に「もひとつ行くよ」と春自身も落ちてくる。
そこで映画は終了。
「春が二階から落ちてきた」で始まり「春が二階から落ちてきた」
で終わるという綺麗さにうっとりしてしまいます。
春が二階から飛び降りることについては、春の性格から「面倒だから」という何でもない理由もあるかもしれません。
ですが、作品タイトルにもなっている「重力ピエロ」から、楽しそうなら本当に落ちない時がくるのではと、春は今でも思っているのでしょうか?
まとめ
こんなに切なくも優しい映画は他にありません。
これからも繰り返し観ることでしょう。
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