『千と千尋の神隠し』の“神隠し″って何のこと?タイトルの意味を考察。

千と千尋の神隠し』、このタイトルの「神隠し」って一体何のことか分かりますか?

神隠しってなあに?

これは、人が人がある日忽然と消え去ってしまう現象のこと。
特に神域といわれる山や森で人がゆくえ知れずになることを指すようです。

また、何の前触れもなく町や村から失踪することも神隠しのひとつであると言われています。

これらは神の仕業だと捉えられ『神隠し』という名前がついたのです。
古くから言い伝えられてきた言葉ですが、現代でも失踪のこと自体を神隠しと呼ぶことも。

千尋は神域に迷い込んでいた?

荻野千尋

トンネルを抜けて突然行方不明になった千尋も、この神隠し現象に当てはまるのでしょう。

千尋の迷い込んだ不思議な世界に続く古道には石の祠や道祖伸があり、これは神域へと誘う場所によくあるモチーフであるとされています。

日本に古くから伝わる古神道では、自然界にある岩や山、海や川などは神の宿る場所ですね(腐れ神もハクも、本当の姿は川の神様でしたね)。

そういった神の依り代は常世と現世との端境であり、神域の境界を示すものなのです。

千尋はその神域に足を踏み入れてたため、別世界に迷い込んでしまった模様。

また、神隠しに遭いやすい人には特徴があります。
それは情緒不安定であること。

千尋は違う街に引っ越す不安を抱え、自分の進むべき道について迷っていたので神隠しに遭ったのではないかとも考察できますね。

しかし表題の『千と千尋の神隠し』の『神隠し』については、人が忽然と消えるという概念以外にも意味が込められているのではないかと考えました。

本作における千尋というキャラ

荻野千尋

千尋のモデルは、宮崎監督の知り合いの娘さん
リアルなモデルがいるということはより等身大の子どもに寄り添った作品を作ったのですね。

確かに千尋はほかのジブリ作品の主人公とは違い、卑怯でおとなしく怖がりな印象です。

10歳の少女がいきなり知らない世界に放り込まれたらああなるのが普通でしょう。
むしろもっと怖がってもいいくらいではないでしょうか?

本作はそんな千尋が自分の居場所を見つけるストーリーになっています。

でも油屋では働くことで自立し、アイデンティティーを確立させていくという過程はあまり子ども向けのようには思えませんね。

千尋に課せられた試練は他ならぬ『労働』なのですから。

子ども向けならば普通は旅に出たり戦ったり、仲間のために自己犠牲を払ったりとアドベンチャー的な要素が出てきそうなものですよね。

それでも物語の舞台を油屋にしたのは、宮崎監督は自身が働くことに対して特別な重きを置いているからです。

宮崎駿監督が描く幻想的リアリズム

 

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宮崎監督が『もののけ姫』(1997)の発表のあとに引退を宣言したのは、その年最も注目された大きなニュースの一つでした。

しかし翌年引退を撤回。
その後何度か引退の発表と撤回を繰り返し、今もなおアニメーション制作に携わっている仕事人です。

宮崎監督にとっての仕事は『人生』そのものであり、仕事こそがアイデンティティーなのでしょう。

本作には監督の仕事への価値観が大いに反映されているのですね。
その価値観が、非常に現実的かつ現代的。

現実世界のどこの会社でも務めるためには契約が必要ですし、ノルマを達成すれば褒められ、ある程度キャリアを積めば別の会社に異動することもあるでしょう。

千尋の迷い込んだ世界も、ガチガチな契約社会

驚く千尋と湯婆婆

油屋もそうですよね。
千尋は腐れ神の接待に成功し周囲から認められ、成長したことで解約し元の世界へ帰っていきました。

リンも作中で「こんなところ絶対にやめてやる」と漏らしており、経験を積んで別の職場を探す意思を見せています。

ファンタジー作品なのに現実的な社会構成ですね。

もう一つ気になる点があります。
物語のクライマックスが電車で銭婆の家へ行くというのは、よく考えると何とも地味ではありませんか?

千尋とカオナシが海原電鉄に乗っているところ

子どもをターゲットにするのであればもっと壮大な冒険を描いても良さそうです。

しかし、実際に10歳の少女が知らない土地でとても頼りになるとは思えない仲間(カオナシ坊ねずみ、ハエドリ)と、しかも片道しか運行していない電車に乗るというのも……ある意味ものすごい冒険なのかもしれません。

このような展開からも、とてもリアリティー溢れる作品のように思います。

『神隠し』に隠されたもう一つのメッセージ

そんなリアルな社会を、千尋はあろうことか偶然迷い込んだ異世界で同年代の子どもよりも早く経験することになります。

それは千尋が10歳にして自分の道を見失ってしまったからです。
これこそが、『神隠し』に込めたメッセージではないでしょうか?

神隠しに遭ってしまったのは、紛れもなく『自分自身』なのだということ。

エマ

すると、『千と千尋』でなくともいいのでは?
『千尋の神隠し』ではいけないの?、という疑問が出てきそうです。

作中で千尋は、一瞬自分が『千尋』であることを忘れてしまい「千になりかけてた」と言ってますね。

異世界で千尋は『千尋』なのか『千』なのか自分に問いかけ、葛藤します。

物語では名前が大きなカギになっているので『千と千尋の神隠し』でなければ『自分は何者であるのかを探すストーリー』として成り立たないのです。

『神隠し』は迷信的なワードではありますが、誰でも直面し得る自分探しという課題の現実味も込められてるのでしょう。
そういう意味では、この作品の表題としてこれ以上にない重要なワードなのです。

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